SM未経験なSM志望者へ

 未経験者からすると、SMの世界観はイマイチ理解出来ない事ってあると思うんですよね。
 同じ「性」を扱う行為であっても「ノーマルなSEX」とは全く異なる価値観な訳ですから。
 「主従」という立場や「責苦」という加虐・被虐的行為は「ノーマルなSEX」で重視される”お互いに尊重し合う事”や”相手を大切に思う気持ち”とは明らかに正反対だと思えるのかもしれません。
 なので未経験者がSMをしようとするとまずは「ノーマルなSEX」とのギャップや振る舞い方の違いに戸惑う事が多いのです。

 加虐者の場合はどこまで支配的になっていいのか、どこまで加虐的にやっていいのか…

 被虐者の場合は何を愛情と受け取ればいいのか、どう気持ちを伝えればいいのか…

 「私の場合」で恐縮ですが、調教主の目線から未経験者のアナタに1つの調教のあり方としてアドバイスしてみよう!…というのが今回の記事です。
 もちろん被虐志望者にも参考になるかと思いますので、どうぞご一緒にお楽しみください。

性奴隷を育てるという事

 性奴隷を育てていく上で大事なことを調教進度に合わせて順番に書いていきます。
 ココを押さえていけばきっと素敵な性奴隷に育ってくれますよ、というものですが…あくまで私の個人的見解ですからね。
 やり方は人それぞれ違いますから、参考程度に、という事で。

 加虐者と被虐者はパートナーとして成立している事、同一のパートナーと調教を重ねていく事を前提としています。
 それではどうぞお読みくださいませ。。。

①主従の徹底
 まず一番大切なことは「主従」という立場の徹底です。
 ここがソフトSMとの決定的な違いで、「ノーマルなSEX」との断絶でもあります。
 何故大事なのかというと、命令を「与える側」と「受け入れる側」が明確でないと調教として成立しなくなるからです。
 加虐者は命令を受け入れる被虐者に「私は性奴隷なんだ」と認識させなくてはなりません。
 性奴隷と認識させる事は理不尽だし横暴だと思われるかもしれませんが、被虐者の「性奴隷に堕ちたんだ」という自覚が精神的被虐として快楽に繋がる事にもなりますから、ここは心を鬼にしてでも性奴隷に突き落としてあげましょう。

 性奴隷を認識させるには挨拶を仕込んだり動物のように扱ったりといった精神的被虐プレイを用いるのが一般的ですね。
 調教開始のスイッチにもなりますし、一方的に命令を出して実行させる事で被虐者に主従を意識させる事が出来ます。

②快楽を覚えさせる
 主従の徹底と同じくらい大切なのが快楽を与えてあげる事です。
 快楽を覚えさせて、その快楽に溺れさせる事で性奴隷に主従を合理化させてあげるのです。
 その快楽は精神的にも性的にも、その両方を満たしてあげる必要があります。
 性的な快楽だけであれば得るのは簡単ですが、被虐的な精神的快楽を伴う性的快楽は主従においてしか得られませんからね。

 この快楽は性奴隷の後の性感開発にも大きく関係してきます。
 快楽というのは増幅して共鳴していくものなので、初めのうちから快楽を性奴隷の心身に覚えさせておく事が大切なのです。
 非情なまでに快楽を与え続けて、快楽を叩きこんであげて下さい。

③責苦を快楽に転換させる
 責苦は初めは誰だって慣れないものですから、当然ながら苦痛なんですよね。
 でも被虐性質のある性奴隷であれば次第にその苦痛に精神的快楽が伴ってきます。
 その精神的快楽を高める為に敢えて目標を与え、向上心を持たせてあげるのです。
 性奴隷は責苦であっても目標があれば頑張ります、それが主従です。
 そうやって頑張っていくうちにただの苦痛が精神的快楽になり、それが増していくと性的快楽になっていくんですね。
 被虐者は心身ともに感受性の高い人が多いですから、責苦→快楽への転換は上手ですよ、本当に。
 そこをしっかりサポートしてあげる事で性奴隷が責苦に快楽を覚えやすくしてあげるのです。
 責苦を与えながら同時に性的快楽も与えてあげる…なんていうのもサポートの方法の1つですね。

④性感を開発していく
 性奴隷が快楽に貪欲になってくると、責苦に限らず様々な刺激から快楽への転換が可能になります。
 それを利用して性奴隷に快楽の幅と深さを心身で認識させてあげる事が出来ます。
 単調な快楽だと慣れてしまうので、色々な種類の快楽を色々な刺激で覚えさせてあげるのです。
 そして快楽に深さのメリハリをつける事で性奴隷の感度をコントロールしていく事も大切です。
 これが出来るようになれば性奴隷を快楽だけで全て操れるようになります。
 快楽だけで操られているという事を性奴隷は自ら被虐視して更に陶酔していきますので、ここまで性奴隷を育てられれば加虐者として一人前でしょう。

⑤性奴隷としての価値を与える
 主従の当初の役割は「立場の明確化」だった訳ですが、調教が進んでくると立場を意識する事無く性奴隷は従順になっていることでしょう。
 それは快楽を欲する本能から加虐者に対して服従している状態ですが、これだと正確には「快楽の従者」であって加虐者は快楽の媒体でしかありません。
 「快楽の従者」は本能が全てですから、本来の人間性を形作るもう一方の「理性」を無視している存在なんです。
 ですから、性奴隷として完成させるには「理性」を懐柔しなければなりません。
 その為には「性奴隷として価値がある存在」と理性に認めさせる必要があるのです。
 理性は自己の確立を求めますから、性奴隷に「私は性奴隷として相手に必要とされているんだ」と自覚して貰えれば理性は性奴隷状態を受け入れるでしょう。

 理性が性奴隷を受け入れると「快楽」ではなく「快楽を与えてくれる加虐者」に重心が移ります。
 そうなれば「加虐者に弄ばれている」というだけで快楽が自然発生する状態になるのです。
 どんな理不尽な命令でも、どんな非情な責苦でも、加虐者から与えられたものであれば「悦楽」に変わります。
 性奴隷がここまで堕ちてしまうともう加虐者はこの性奴隷を手放せなくなってしまうと思います。
 加虐者にとって「被虐者に絶対的存在と認められる事」は最高の精神的快楽ですから…。

 …とまぁ私はこの5つのステップを調教に織り込んでいるんですよーってお話でした。
 力でねじ伏せて半強制的に調教を進めていくスタイルを好む加虐者さんが多いと思いますが、私の場合は性奴隷が自発的に従順になるよう育てていくのが好みなんですね。
 なのでユルいと言われればユルいスタイルなのかもしれません。
 でも精神的快楽は性的快楽をも上回る、を信条に10年以上SM世界で活動してきたので、これからもきっと変わらずこのスタイルで行くのだろうと思います。

 調教は文章にするよりずっと複雑で大変で時間のかかる作業ですからね、初心者の人は焦らずじっくりとSMを楽しんで下さいね。


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